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帰国後にしていたこと。

今日は久し振りにブログの筆を取っています。
日本に戻ってきてひと月が経ちました。
その間、私が何をして、何を考えていたのかを、今日はお話したいと思います。

カメラと対面

ずっと始めたいと思っていたカメラを、家族に頼んで買っておいてもらっていたんです。
きっと帰国するのは寂しい気持ちにもなるだろうと思っていたので、日本に帰る楽しみ、心の支えを一つでも増やすねらいもありました。
中古で手に入れたFUJIFILM XT-1
初めて手に触れた時は、素朴で温かな重みを手のひらに感じました。
そして、私がこの子とこれから時を共にすることが、とても自然にイメージできました。

まずは熱田神宮へ。

それから大須観音。

ずっと見たくても見れなかった日本の景色を、レンズを通して様々な光の中で見られたことは、私にとって最大の「おかえり」だったのです。
クラシッククロームなパリの景色とはまたちがって、彩度の高い物たちと人々の生きる音が私の網膜を心地よく波打っていきました。
ノスタルジーとファンタジーとテクノロジーの相まった優しい映像たちが、私の国籍や血の由来をささやかに伝えてくれているようでした。

クラリネットを再開する

新しいことを始めたのがカメラだったとしたら、回帰したものとしてはクラリネットがあります。
オーボエが吹きたくて門をたたいた吹奏楽部でしたが、先生の一声でクラリネットに決まってしまったという逸話が私にはあるのですが、今はそれでよかったと思うくらい、クラリネットのことも好きです。

クラリネットは、作曲家が晩年になってから作品を残すことが多いと言われています。きっと音色が温かくノスタルジックなせいだと思います。
オーボエが今この時を美しく生きることに自覚的な音色であるとするなら、クラリネットはそっと遠い日のアルバムをめくるような懐古的な趣があると思います。
そして、人の哀しみを歌い背負うことができる楽器としては共通性があると感じます。

今はCamille Saint-SaënsのクラリネットソナタOp.167を主に勉強しています。

求める音色を作れるように、まずはリードを色々と試しています。
左がRICO製、右がVandoren製です。

湿度を笑う、夏の趣。

飛行機を降りて最初に思ったことは、どことない醤油や味噌の香りではなく…今にも絞れそうな湿った大気でした。
どちらかというと常に乾燥して、カラカラ、コロコロと今にも音をたてそうなパリとはちがい、一度打った太鼓の音がどこまでも水分を伝って伸びていきそうな、ボォンボォンと低く籠った人肌の空気をいちばん意識しました。

花火や祭りが高音域の楽器であるなら、この湿りすぎた空気こそが日本の重低音、大切な大切なルート音であり背景色なのだと、ふと感じたのでした。

おわりに

このひと月は、日本の味を確かめながら、学んだことを振り返り、思い描く未来への布石をひとつひとつ磨いているような毎日でした。
広野の中心でひとり、それに気づかないふりをしながら、視界を狭めて目の前の石を磨くような、恐れと集中を混ぜたような体感はどこかにありますが、波に身を任せ、その音をよく聞きながら進んでいきたいと思います。素敵な夏をお過ごしくださいませ。

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Posted by 美月


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