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ヨーロッパ写真美術館

entrance

ユーロッパ写真美術館 / Maison européenne de la photographie
M1 St-Paul
11:00-19:45 月・火・祝日休館
一般 8€

今日開催されていたのは…
地下1階-Hélène Lucien et Marc Pallain/Fukushima(日本の震災がテーマになった現代アート、物々しい雰囲気)
0階-Ryan Arbilo/CHICKEN HAND(パリで働くフィリピン人掃除婦達の手を鶏の手に見立てて撮影したポートレート群)
Anne Claverie/ONDE(横軸の積み上げで木々を表現、写真のコラージュ等)
1階-Paolo Titolo/Translucidas(トランスジェンダーの方々のポートレート群)
2階-Martin D’orgeval/Revoir(一貫して窓を題材としたもの、カメラのレンズのようにも見える)
Gotscho/Remix(写真と布を貼り合わせたり、音響や鏡を使ったりと、五感を使って楽しめる展示)
3階-Herb Ritts/End pleine lumière(商業写真作品の軌跡と写真集『Aflica』の展示)

と、比較的ボリュームがありますが、半日くらいあれば回れるかなと思います。

私が一番気に入ったのはハーブリッツ氏のアフリカです。アフリカと言うといかにも第三世界というような、危険自然大変というタッチで描く物が多いですが、 リッツ氏の撮影するアフリカは本当にスタイリッシュで知的でスマートでした。彼らの持つ身体能力の高さやダイナミックな暮らしがアートの域で表現されていたと思います。物事に様々な視線を投げかけて、新しい価値観を切り拓き、それを社会に還元していけることが写真表現の魅力の一つなのだなと感じました。
このサイクルの早さと影響力の大きさは他の芸術表現とも一線を画すものなのではないかと思います。
私達はどうしても目に見えない人々の期待に沿った目線で物事を見ようとしてしまいます、人々の望むものを映像に収めようとしてしまいます、美味しいものを美味しそうに、悲しい出来事は悲しそうに、楽しいことを楽しそうに、これらが繰り返されることによって物事の見方が偏ったまま固定され、その縛りが私達の価値観をどんどん縛っていくのです。リッツ氏の作品は決して前衛的な作風でも、異質なオーラをぷんぷんさせている訳でもありません、ごく自然に、静かに、丁寧に、新しい価値観を見せてくれました。そのことにも、私は大きな意義を感じました。

何かを伝えようと思った時、情報を増やすのではなく、情報を減らすことも非常に重要なのではないか、と思いました。ベールに包まれた女性の顔の、肌の様子をしっかり見ることは出来ませんが、その分、瞳の様子をはっきり確認できるようになります。そして瞳の持つ情報だけが画面の中で研ぎ澄まされて、そこに揺るぎない芸術味が発生するのです。
私は、この情報の加算減算というファッショナブルな行為や、視点の刷新という社会的な行為、多彩な可能性を持つ写真という表現媒体をとても愛しています。現実と芸術の距離はとても遠いはずなのに、そこに秘密のドアがあるかのように、ジェット機でも走っているかのように、こんなにも速い速度でそれらを行き来出来るのは、写真だからこそ出来る秘儀だと思っています。

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Posted by 美月


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